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東京地方裁判所 昭和60年(ヨ)2270号 決定 1986年8月27日

申請人

大坪梓

右代理人弁護士

後藤徳司

日浅伸廣

被申請人

横山産業株式会社

右代表者代表取締役

横山靖之

右代理人弁護士

笠原克美

主文

本件申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一申立の趣旨

一  申請人

(主位的申請の趣旨)

1 申請人が被申請人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2 被申請人は申請人に対し、金一五〇万円を即時に、昭和六〇年五月二一日以降本案判決確定に至るまで毎月金三〇万円をそれぞれ仮に支払え。

(予備的申請の趣旨)

被申請人は申請人に対し、金一〇一万七六〇〇円及びこれに対する昭和五九年一〇月二一日以降年五分の割合による金員を仮に支払え。

二  被申請人

主文第一項と同旨。

第二当裁判所の判断

一  被保全権利について

1  申請人は被申請人に雇用された旨主張し、被申請人はこれを争い、株式会社トス(以下「トス」という。)に雇用された旨主張するので、この点について判断するに、本件疎明資料及び審尋の結果によれば、以下の事実が一応認められ、右認定を左右する疎明資料はない。

(一) (被申請人会社)

被申請人は、コンクリート製品の製造販売等を業とする会社である。同社には、本店所在地及び代表者を同じくし、被申請人製造の生コンの販売の外、土木建築、用資材の販売等を行う関連会社として株式会社横山建商(以下「横山建商」という。)がある。トスは、横山建商が全額出資して、昭和五八年四月二日設立した会社であり、民芸品等の販売及び輸出入の外金銭貸付も目的としており、設立当初は金融業を営んでいた。また同社の代表取締役は斉藤興四郎であったが、昭和五九年一月に、被申請人の代表者であり現在の代表者である横山靖之(以下「横山」という。)に代った。なおトスの株式は横山が所有しているが、トスは現在事実上休眠状態にある。

(二) (申請人雇用の経緯)

被申請人は、昭和五八年一月二五日、人材銀行を通して、埼玉県川口市内にある工場の管理者であって労働組合との接渉業務に当たれる者、条件として労働組合などとの対応経験を有する者を求人した。その結果申請人を含む数名の者が選択された。ところで、申請人は経理関係における経験がほとんどであるが、総務業務として扱った業務の中に労働組合との団体交渉の経験もあった。その後、被申請人代表者横山の面接を受け、昭和五八年二月一七日採用を決定された。ところで、被申請人は、昭和五八年四月には子会社としてトスを設立することを予定していたが、トスには経理担当者がいなかったこと、被申請人内で労働組合をめぐる問題もなかったことから、申請人をトスにおいて使用することにした。

申請人は昭和五八年三月二一日から被申請人に出社し、その後同年四月トスにて仕事をするようにとの横山からの指示を受け、同月からはトスに出社し経理関係の仕事に従事し、同五九年一月一〇日にはトスの取締役に就任している。なお申請人の給与は、昭和五八年三月分九万九八〇〇円については被申請人から(ただし、帳簿上はトスの設立準備金立替として処理されている。)、同年四月以降はトスから支給を受けている。

(三) ところが、トスの経営は設立以来思わしくなかったことから、昭和五九年一月には斉藤興四郎が代表者を辞任し、代って横山が代表者に就任した。そして、同年一〇月にはトスの経営も行き詰まり同月をもって事実上閉鎖することに決定し、同月一七日には取締役でもある申請人と小松克次がトス宛てに取締役の辞任届を提出した。また申請人は、辞任時に退職金保険給付金一〇万七二〇〇円に一九万二八〇〇円を加えた合計三〇万円の給付を受けた。なお申請人はトス在職中トスの経理を担当していたが、被申請人の職務を現実に行ったことはなかった。

なお、申請人はトス退職後本件仮処分申請に至るまで被申請人に復職を求めたことはなく、かえってトスからの退職を理由に雇用保険の保険金の支給をうけ、昭和五九年一二月一日には他会社に就職している。また申請人はその間の同年一一月八日にはトスを相手方として、足立簡易裁判所に対し退職金支払の調停を申し立てており、調停の席上においても、被申請人の代理人として熟知しているトスの代理人に対し復職を求めることもなく、かえって新たに就職した会社を休むことを気遣っていた。しかも申請人は、同年一二月九日及び一四日にトスに対して再就職のため必要な書類として退職証明書の発行も要求している。

以上の事実を基礎に検討するに、申請人は被申請人の求人に応じ、その代表者横山が採用面接を行い、採用を決定していることなどが認められるが、他方採用条件には労務対策のための求人であるにもかかわらず、当時労働組合との間に特段の紛争もなく、また申請人が求人の際予定されていた勤務場所での勤務を行ったこともないこと、採用当時既にトスの設立が予定され、トスの経理関係の人間を必要としていたこと、申請人の経歴としては経理関係が主であることからすれば申請人の採用は、求人広告を契機としてされているが、必ずしも求人の条件に合致するものではないこと、被申請人での勤務は僅か一一日であって短期間のうちにトスに移り、経理を担当したこと、その際申請人からトスに勤務することについて異議が述べられたといった事情もないこと、申請人はトス勤務中、被申請人の職務に従事したこともないこと、トス退職後、申請人は被申請人に復職を求めることもなく他社に入社し、トスに対して退職を前提とした調停を申し立てたり、退職証明書の交付を要求していることが認められ、これらの事情を考慮すると申請人の採用は当初からトスのためのものであって、申請人もトスに採用されることを了解し、設立までの間その親会社である被申請人の指示を受け、またトスの支払うべき給与を被申請人から代払いを受けていたといえるのであって、申請人の採用につき前記の如き事情があったとしても、これらの事情に照らすと、いまだ申請人が被申請人に雇用されたものと認めることはできず、他にこれを認めるに足る疎明資料はない。

2  次に申請人は、トスとの間に雇用契約が成立したとしても、法人格否認の法理の適用により、トスの背後にある被申請人が雇用契約上の使用者の地位にある旨、あるいは予備的に、同じく法人格否認の法理の適用により、トスの背後にある被申請人がトスの支払うべき未払退職金の支払義務を負う旨主張するのでこの点について判断するに、前示のとおり、トスは、被申請人の代表者である横山を代表者とする横山建商の出資によって設立され、横山がその株式を所有していること、人事面においても設立当初から申請人の採用を横山が決定し、昭和五九年一月には自ら代表者に就任していること、またトス設立中の申請人の給与を被申請人が代払し、また本件疎明によればトスが休眠状態に陥る数か月前から被申請人の経理課長がトスの経理をチェックしていることが一応認められ、これらの事実に照らすと横山のトスに対する人事面、資金面の影響力が大きく、また被申請人とトスも密接な関係にあることが推認される。しかし他方、申請人が被申請人の職務を被申請人の指示に基づいて行っていたという事情もなく、横山の人事面での影響があったとしても、いまだ申請人と被申請人との間に労務の提供について支配従属関係にあったともいえない。また横山・被申請人とトスの経理面や資金面での関係が右のとおりであったとしても右事実をもって直ちに被申請人が法人格を形骸化し、あるいは濫用しているものとはいえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって申請人の法人格否認の法理の主張はいずれも理由がない。

二  以上のとおり、申請人の本件申請はいずれも被保全権利について疎明がないというべきであり、事案に照らし保証をたてさせて疎明にかえることは相当でないから、本件申請をいずれも失当として却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 遠山廣直)

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